MIHOLO’s 図書室

本と音楽、たまに猫の雑記

さがしもの

角田光代さんは、同じ歳であることと、忌野清志郎さん好き、猫好きな事で、勝手に親近感を持ってる作家さんの1人。

私が読書が好きなのは、読み始めた瞬間に、本の中にスーッと吸い込まれていく感覚がたまらないから。
でもそれは、気の合う本に限るんだけど。そしてこの本もそう。

この本では、9つの短編のどこかに自分がいる。

『旅する本』、本を売りに行くと、店主に説教され、価値があるのかと聞く主人公に
「価値があるかどうかなんてのは、人に訊くことじゃないよ。自分で決めることだろう」と言われる。
ま、そうなんだけど、売ってしまう主人公。
わかる。私も気にいってた本なのに売る時、少し後ろめたさを感じるから。
でも必要な本は、また手元にかえってくるんだよね。
この主人公には意外な形でかえってくるけど。

『彼と私の本棚』、同じような本の所蔵をする恋人と別れる事になった時に、相手に尋ねる
「その人、本読むの?」
この主人公は、新しい彼女が本を読む人か、聞いた。共通する本の趣味だったから余計かもしれない。
私だったら聞くかな。。
いや、逆に本読まない人であって欲しいかも。
私より本好きな人は沢山いるけど、本好きを選んで欲しくない。そこも負けたか!と余計に打ちのめされそう。

ところで、実家の本棚に「さがしもの」の改題前の「この本が、世界に存在することに」があった。
離れて暮らしているのに、母と同じ本を読んでいることに驚いた。感想を聞くのがちょっと怖かったけど
どうだった?と尋ねたら「良い本だった」と返ってきて、すごく嬉しかった。
母とは全然似てないと思っているけど、読書に関しては好みが似てるのかもしれない。
大人になってから出来た友人も、やはり本好きが多いし、長続きする友は共通の本を読んでいる事が多い。

『不幸の種』、誰のものかわからない本。読んでも難解だとしか思わない本が、実は読む人が年を経るごとに意味が変わり、わかるようになっていく。
角田さんのあとがきにも繋がるけど、若い頃読んでも全く意味がわからず、つまらないと思った本が、何年後かに、驚く程わかる時がある。それは成長したから、色々経験したからか。

たまに過去に読んだ本でも、以前は気にも留めなかった文章がそこだけ光って見えて、グッと刺さる事がある。
繰り返し読まない派(そんな派閥あるのかわからないけど)だけど、読んでみるものなのかも。


『ミツザワ書店』と『さがしもの』の2作には魅力的なおばあちゃんが登場する。

本屋さんなのに、本ばかり読んでるおばあちゃんの
「開くだけでどこでも連れてってくれるものなんか、本しかないだろう」

という言葉と
本さがしを依頼したおばあちゃんが孫に言う
「いつだって、出来事よりも考えの方が何倍もこわいんだ」

自分が大人になってから(年齢だけは)
なかなか、年長者から諭して貰う機会も減った。
うろうろしてる私にさがしもののおばあちゃんみたいに、幽霊でもいいからアドバイスに来てくれないかな。